2021年4月より、「労働施策総合推進法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)」の一部が改正され、「中途採用比率の公表」が義務化されることになりました。新卒一括採用が定着している大企業において、中途採用を促すことが狙いです。本記事では、具体的な法改正の中身や企業がとるべき対応について紹介します。
「労働施策総合推進法」とは?
具体的な法改正の中身に入る前に「労働施策総合推進法」について少し触れておきます。「労働施策総合推進法」の前身は「雇用対策法」で、この法律は遡ること1966年に制定されました。大まかな目的は、労働力の需給を質量両面で整え労働市場の安定を図ること。これが働き方改革の一環で「労働施策総合推進法」へと改名され、より総合的かつ継続的なものへと見直されました。
現在「労働施策総合推進法」では、外国人の雇用管理、採用における年齢制限禁止といったルールが定められているほか、パワーハラスメントに関するルールもこの法律に新しく盛り込まれました。今では労働や雇用に関する多彩な要素を含んだものとなっています。これを踏まえて、具体的な改正の中身を見てみましょう。
改正の中身「中途採用比率の公表」とは?
改正によって新たに定められたことは、その名の通り「中途採用比率の公表」です。ただし、対象企業や公表の仕方について、いくつか押さえておきたいポイントがあるので紹介します。
対象は「常時雇用の労働者数301人以上」の企業のみ
まず、本制度の対象企業についてですが、業種等関係なく一律で「労働者数301人以上」の企業と定められました。300人にラインを引いた理由については、300人以下の企業ではすでに中途採用が活発で企業風土として定着しているから。裏を返せば、労働者数301人以上の企業に対して、国は課題感を持っているということです。
下図より労働者数の規模が大きいほど、中途採用割合が低いことがうかがえます。労働者数301人以上規模の企業だと、驚くことに中途採用比率が50%を下回っている状況です。
こうした背景から、対象企業は「労働者数301人以上」のみとされました。
ここで気になるのが、「労働者数」は誰をカウントするのか、ということではないでしょうか。社員のみなのか、アルバイト・パートも含めるのか、業務委託メンバーは含めるのか含めないのか。
これについては「常時雇用する(労働者)」をカウントするとされています。常時雇用する労働者とは、以下2つのいずれかに該当する労働者のことを指します。
(2)過去 1 年以上の期間について引き続き雇用されている者
または雇い入れ時から1年以上引き続き雇用されると見込まれる者
(1年以上の継続勤務実績、あるいは1年以上の継続勤務見込み)
ですから、正社員・契約社員はもちろん、1年以上継続勤務見込みのアルバイト・パートもカウントします。一方で、短期間限定の単発アルバイトや、雇用契約ではなく請負契約の業務委託メンバーなどは数に含めません。
「中途採用比率」の計算方法は?
中途採用比率は、次の計算式で算出します。
注意したいのが、正規雇用(短時間正社員含む)に限るということ。正規雇用の定義が少し曖昧ではあるのですが、期間を定めない雇用契約を締結している正社員(時短勤務も含む)と考えてよいかと思います。よって、有期雇用契約の契約社員、パート、アルバイト、あるいは雇用関係にない派遣社員、業務委託メンバーなどは計算に含めません。
計算例は次のとおり。細かいですが、小数点以下第一位を四捨五入します。
計算例
【ケース1】
正規の中途採用者数:16人/正規の採用者数(中途・新卒含む):46人
→16÷46×100=34.78…(→35%)※小数点以下第一位を四捨五入
【ケース1】
正規の中途採用者数:13人/正規の採用者数(中途・新卒含む):32人
→13÷32×100=40.62…(→41%)※小数点以下第一位を四捨五入
事業年度ごと、「直近3年分」まで公表
上記の計算を、事業年度ごとに行います。事業年度は会社によって違うものですが、4月~翌3月で設定しているところが多いと聞きます。事業年度が4月~翌3月であれば、この期間ごとに中途採用比率を算出します。
かつ、直近3年分を公表するよう義務づけられました。2021年4月施行なので、遡って「2018年度分」「2019年度分」「2020年度分」の3事業年度分を公表します。公表のタイミングは、前年度の採用活動が終了し数値が固まってからでOKです。
公表の仕方
直近3事業年度分の中途採用比率を整理すると、以下のようになります。
これを、公表した日を明記して会社ホームページなどに掲載し、年に1回更新します。
掲出場所は、会社ホームページの中に採用ページなどを設けている場合は、そこに掲載したらよいかと思います。「会社ホームページがない」という場合は、事業所での掲示や書類の備え付け、あるいは厚生労働省がインターネット上に開設する職場情報総合サイト「しょくばらぼ」などに公開すればよいとのことです。ただし、求職者が容易に閲覧できる方法をとるよう促されています。
企業のとるべきアクション、公表までの進め方
参考までに、本制度導入にあたり企業がとるべきアクション(例)をあげておきます。
L常時雇用の労働者数301人以上か否か。
▼(義務化の対象なら)担当部署・担当者をアサイン
L人事・労務・総務などを担当している部署が妥当。
※1年毎に更新作業が発生することを前提に決める。
▼直近3事業年度分の「正規の中途採用者数」「正規の採用者数(中途・新卒含む)」を調べ、中途採用比率を計算
▼どこに掲出するかを決め、直近3事業年度分の数値を公表
▼以後、事業年度毎に中途採用比率を更新
※現時点において義務化の対象ではない場合も、常時雇用者数が301人に達した時点で、この作業が発生することを認識しておく。
改正の背景「なぜ中途採用比率の公表を義務化するのか?」
ところでこの法改正、どのような目的で実施されたのでしょうか。厚生労働省の資料によると、本改正の狙いは「労働者の主体的なキャリア形成による職業生活のさらなる充実や再チャレンジが可能となるよう、中途採用に関する環境整備を推進すること」とされています。
改正の背景には、2019年(令和元年)6月21日に閣議決定された「成長戦略実行計画」があります。この計画内で「全世代型社会保障への改革」が提唱されていて、その中で「中途採用・経験者採用の促進」に言及されています。「全世代型社会保障への改革」について掘り下げていくととても深いのですが、おおまかには少子高齢化が進み現役世代に負担が偏りすぎていることから、全世代で負担できる仕組みにしていこうとするものです。
ここからは少し個人的な解釈も入りますが、これから先、人生100年時代が到来するといわれています。それにともない、人生の中で「働く期間」も従来より長くなることが予測されます。そうした場合、一人ひとりがキャリア形成を「会社に委ねる」のではなく、「主体的に考える」ことが理想となってくるでしょう。
たとえば、「20代は○○で経験を積む。30代は子育てとの両立を図るため、○○で働く。40代以降は再度フルエンジンで働くため○○に転職する。60代以降は、積んできた経験を活かして○○の仕事に就く」などです。
この個人を主体としたキャリア形成を実現するためには、企業側も考え方や制度のあり方を見直す必要があります。今のように採用の門戸を新卒にしか開いていなかったり、企業が社員のキャリア形成の主導権を握ったままでは、労働者主体のキャリア形成などなし得ないからです。その中で見直すべきもののひとつが、中途採用に対する考え方であり、制度のあり方です。
中途採用を促すことで、たとえば「40代で○○業界に転職」が叶うような社会をつくろうとしているのだと思います。そして中途採用を促進する手段のひとつが、「中途採用比率の公表の義務化」なのです。
さいごに
「中途採用比率の公表」を作業的に進めるのは簡単。計算方法もシンプルですし、とくに難解なことは求められていません。ここで重要なのは、「なぜそれをやるのか」の部分だと思います。それぞれの企業が法改正の趣旨を吟味して、「“労働者の主体的なキャリア形成”とは何か」「“再チャレンジが可能”な状態とは」「そのために企業ができることは」を考えてみる。そのためのよい機会なのではないかと思います。
大学卒業後、人材サービス大手で約12年間勤務。主に企業の採用活動に携わる。採用という入口だけではなく、その後の働き方にも領域を広げたいとの思いで独立。現在、採用支援を手がける傍ら、働き方に関するコンテンツなども執筆しています。京都大学文学部卒業(社会学専攻)。2015年、社会保険労務士の資格取得。