テレワーク化にともない最近、紙面でよく取り上げられるようになった「ジョブ型」。それぞれの職務(ジョブ)を明確化し、各個人の自律的な職務遂行を促すことを狙い、さまざまな企業で導入が検討されています。中でも、富士通や日立は他社に先駆けて導入・拡大を発表。これが話題となり、連日のようにメディアで取り上げられるようになりました。この「ジョブ型」へとシフトするためには、それぞれの職務(ジョブ)の分析と評価を行うことが必要不可欠です。そこで本記事では、職務分析と職務評価の仕方について紹介します。
「職務分析」とは?
まず職務とは、会社の中で各個人に割り当てられた仕事のことをいいます。会社組織に属して働く場合、会社としての「事業」が上段にあり、その下に各部署・部門の「業務」があります。各部門の業務を、各個人に割り当てたものが「職務」です。つまり職務とは、個人単位での仕事ということですね。
※社員個人の職務を業務と呼ぶことも多いですが、ここでは上図のように定義します。
本記事のメインテーマである「職務分析」とは、各個人に割り当てられた職務を、アンケートやインタビュー、観察といった調査を通して分析することをいいます。調査を通して得る情報は、「主な仕事内容」「その仕事に対する責任の範囲」「その仕事を遂行するために必要な能力」などです。たとえば、営業部マネージャーの職務であれば、主な仕事内容は「顧客への営業活動」、責任の範囲は「チームの売上目標の達成、チームメンバーの育成」、必要な能力は「顧客との信頼関係構築力」「マネジメントスキル」などが考えられます。
職務分析で得た結果を文書化したものは、「職務記述書」と呼ばれています。横文字にすると、「Job Description(ジョブ・ディスクリプション/JD)」。最近、よく耳にする言葉ですね。職務記述書は、転職を検討するときに、転職エージェントからもらう「求人票」とフォーマットが似ています。以下のように職種名や仕事の範囲、責任、必要なスキルなどが、ひとつの書面の中にまとまっているものです。
▲それぞれの職務(ジョブ)の内容、責任の範囲、必要なスキルを文書化したものが「Job Description」です。
ジョブ・ディスクリプション文化が根づいている欧米では、これが雇用管理の土台になっています。これをもとに昇給・昇格、配置転換などの人事考課や、新設あるいは欠員が出たポジションを埋める採用が行われているのです。
一方、日本では、「ジョブ型」とよく対比される「メンバーシップ型」が依然として残っています。とくに新卒採用においては、「年間○人採用」という目標が人事部に課され、人事部は社風に合致しそうな新卒の学生を集めます。そこから、各部署のニーズに合わせて人数を配分していく流れです。結果として、ミスマッチが多発していることは周知の事実でしょう。
もう一点、日本では解雇規制が厳しいことから、基本的には社内で人材の配置転換を行います。人材が過剰な部署から不足している部署へと、人を異動させて調整をするのです。したがって、必ずしも新しいポジションで力を発揮できる人が、新しい部署に配属になるとも限りません。
こうした日本型の雇用慣行の弊害は、以前から指摘されてきましたが、大きく変化することなく、今に至っています。そんな中で、新型コロナに起因する強制テレワーク化により、改めて「ジョブ型」が再注目されるようになりました。主な理由は、テレワーク下で働きぶりの評価が難しいからです。
「職務分析」は何のために行うのか?
「ジョブ型」へとシフトするために必要な職務分析についてですが、「何のためにやるのか」を大前提として押さえておかなければ、途中で方向を見失います。職務分析を行う目的は、適切な雇用管理を行い、組織を効果的に機能させるためです。大きな組織になればなるほど、職務は細分化されます。それぞれの職務を、誰が担えばもっとも効果的なのか。この「職務」と「個人」のマッチングを最適化することが主目的です。最適なマッチングが、個人にとっても会社全体にとっても重要であることは、疑いようもありません。
適切なマッチングによって、個人の生産性を高め、その先にある会社の生産性を高めることがゴールです。ゴール到達地点にある状態を働く人の目線で表現するなら、「自分がもっとも力を発揮できる職務につき、事業の維持・成長に貢献できている状態。そして、職務に見合った対価をもらえている状態」です。「自分は対人スキルが高いので、営業部門で経験を積みたかったのに、なぜか経理に配属されてモチベーションダウン…」といった弊害をなくします。
「職務分析」の方法は?
では、「職務分析」はどのように行うのか。さまざまなアプローチ方法がありますが、代表的なものは3つあります。「観察法」「質問法」「面接法」です。
手法1: 観察する(観察法)
1つ目は、調査・分析担当者が実際に仕事の行われている現場を、目で見て観察・分析する方法です。現場作業系の仕事なら、実際に仕事現場に赴き、どんな仕事をしているのかを、実際に目で見て確認します。たとえば、配送ドライバーなら配送車に同乗して、どのような仕事をしているのかを観察します。
一方、常にパソコンに向かっているデスクワークだと、隣にいても見えづらいのが難点です。しかし、すべての指示や納品を業務ツール上(たとえば、SlackやBacklogなど)で行うように徹底すれば可視化は可能です。業務ツール上で動きを追えば、誰がどんな仕事を担当しているのかが観察できます。
手法2:アンケート調査を行う(質問法)
2つ目は、アンケートで調査を行う「質問法」と呼ばれる方法です。観察法と比べると格段に手間がかかりません。やり方は簡単で、ヒアリングしたい項目をまとめて回答してもらいます。その内容を分析します。
手法3:インタビュー調査を行う(面接法)
3つ目は、インタビュー調査を行う「面接法」と呼ばれる方法です。アンケート調査だと、その人の性格によって戻ってくる回答の丁寧さにバラツキが生じます。それを補完するものがインタビュー調査です。アンケート調査だけでは足りない部分を、インタビューによって深掘りします。たとえば、以下のような質問が想定できます。
質問の例
- 日々の仕事内容について、その手順を含めて教えてください。
- 上記以外に行っている不定期で発生する仕事内容と、その頻度について教えてください。
- それぞれの仕事の目的は何ですか。
- 仕事に必要な「知識・スキル・経験」と、それをどう習得したのか教えてください。
- リーダーやマネージャーを務めている場合は、チームメンバーの数や権限の範囲(自分の裁量で決裁できる範囲)などを教えてください。
- トラブルの発生時や臨時・緊急時にどこまで対応しますか。
- どの程度の成果(ノルマや数値目標)を出すことが期待されていますか。
職務分析は、上記の「観察法」「質問法」「面接法」の3つの手法のうちいずれか、あるいは複数を組合せて行います。その結果をもとに職務記述書を作成します。文字化することで、輪郭の曖昧だった職務が明確になります。
「職務評価」の方法は?
職務分析で収集した情報をもとに実施するのが「職務評価」です。職務評価とは、企業内の異なる職務に対して、その「難易度」や「責任の程度」、「事業への影響度」などに応じ、相対的な評価を決定することです。格づけを行うと表現すれば分かりやすいかもしれません。
ここで注意したいのが、「人」を評価することではなく、あくまで「職務」を評価すること。職務評価は人に優劣をつけることではありません。会社における職務の相対評価を行い、その職務に対する対価決定などに活用することです。同一労働同一賃金の実現にも使える方法です。
では、どのように評価・格づけを行うのでしょうか。代表的な方法は、「単純比較法」「分類法」「要素比較法」「要素別点数法」の4つです。
手法1:単純比較法
社内の職務を1対1で比較し、職務の大きさが同じか、あるいは、異なるかを評価します。比較の際に、職務を細かく分解せず全体として捉えて比較します。要素に分解しないためシンプルである反面、なぜその位置づけになったのかを明確に説明しづらいデメリットがあります。
手法2:分類法
社内で基準となる職務を選び、詳細な職務分析を行った上で、それを基に「職務レベル定義書」を作ります。「職務レベル定義書」に照らし合わせ、全体として最も合致する定義はどのレベルかを判断し、職務の大きさを評価します。
手法3:要素比較法
あらかじめ定めておいた職務の構成要素別に、レベルの内容を定義します。職務を要素別に分解し、その要素ごとに最も合致する定義はどのレベルかを判断することにより、職務の大きさを評価します。分類法のように職務全体として判断するよりも、客観的な評価が可能です。
手法4:要素別点数法
要素比較法と同様に、職務の大きさを構成要素ごとに評価する方法です。評価結果を、要素比較法のようにレベルの違いで表すのではなく、点数化しポイントの違いで表す点が特徴です。その総計ポイントで職務の大きさを評価します。
会社によって向き・不向きがありますが、もっとも合理的に判断できそうな手法は、4番目の「要素別点数法」だと思います。職務に含まれる要素を5段階程度で点数化し、格づけていく方法です。「要素」に何を置くかが肝ですが、厚生労働省の出している資料では、以下の8つの要素が用いられています。
- 人材代替性/採用や配置転換によって、代わりの人材を探すのが難しい仕事か。
- 革新性/現在の方法とは全く異なる新しい方法が求められる仕事か。
- 専門性/仕事を進める上で特殊なスキルや技能が必要な仕事か。
- 裁量性/従業員の裁量に任せる仕事か。
- 対人関係の複雑さ(部門外・社外)/仕事を行う上で、社外の取引先や顧客、部門外との調整が多い仕事か。
- 対人関係の複雑さ(部門内)/仕事を進める上で、部門内の人材との調整が多い仕事か。
- 問題解決の困難度/職務に関する課題を調査・抽出し、解決につなげる仕事か。
- 経営への影響度/会社全体への業績に大きく影響する仕事か。
<参考>
このように、職務分析で得た情報をもとに、仕事の難易度などを基準に職務の評価を行い、得た結果をもとに処遇を見直します。これが、職務分析・職務評価の進め方です。若手であっても難易度が高く、業績にインパクトのある仕事をしているのであれば、高く評価して対価を支払います。仕事に対してフェアな対価を払う土台づくりが、職務分析・職務評価なのです。
まとめ
以上が職務分析・職務評価についてでした。少し前までは「同一労働同一賃金」の文脈で注目されていたものですが、最近はテレワーク化にともなう「ジョブ型」シフトの文脈で注目を集めています。それぞれの職務を明確化し、各職務の相対評価を行い、それに対して適した処遇にする。結果として公平な評価制度が確立でき、万々歳のようにも思えますが、これは「言うは易く行うは難し」です。見直した結果、処遇が下がる人も出てくるはずで、そうした人たちの合意形成を図りながら、いかに巧みに実行するかが、経営や人事の腕の見せ所なのではないかと思います。職務分析・職務評価について、より詳しく知りたい方は、以下の書籍もぜひ参考にしてみてください。