2021年6月の国会で決定し、来年2022年4月より順次施行する「育児・介護休業法」の法改正。毎年のように改正が繰り返されている子育て分野ですが、今回は新たに男性の育休取得率アップに向けてメスが入りました。とくに注目されているのが「男性版産休」と呼ばれる「出生時育児休業」です。本記事では、「男性版産休」を含む「育児・介護休業法」法改正の中身と、企業が準備しておくべきポイントについて紹介します。
改正前の育児休業制度
最初に、現行(改正前)の育児休業制度について、簡単に触れておきます。現行法は「育児休業」を柱としつつ、「パパ休暇」と「パパ・ママ育休プラス」という2つの特例が設けられています。
育児休業(男女同一の大原則)
「1歳未満(※)」の子供1人につき「1回」の育休取得が可能。
女性に限らず男性も同様に取得ができ、男女で期間が重複しても問題ありません。
※保育園に入れないなどの事情がある場合は、「最長2歳」まで延長可。
パパ休暇(男性のみの2分割特例)
男性の育休取得を促進するため、パパ休暇という特例が設けられています。具体的には、子供が生まれてから「8週間以内」に育休を取得し、復帰した男性(パパ)は、特別な事情がなくても「1歳」までに「2回目」の育休が取得できるというものです。
パパ・ママ育休プラス(2カ月延長特例)
同じく男性の育休取得を促進するため、パパ・ママ育休プラスという制度もあります。具体的には、男女(パパママ)ともに育休を取得する場合は、子供が「1歳2カ月」に達するまでの間に、「それぞれ1年間」を上限として育休を取得することができるというものです。
なお育休は、労働者が「育休を取得したい」と申し出ることによって取得ができます。申し出は、原則として「1カ月前」までに行います。また、休業中は、男女ともに雇用保険から「育児休業給付金(50%~67%程度)」が支給されます。
このほか女性の場合、産後8週間については、産後休業(産休)を取得します。これは、母体保護を目的としており、育児休業とは別の枠組みです。
「男性版産休」とは?法改正で「育児休業」の何が変わる?
具体的にどのような法改正が行われるのでしょうか。厚生労働省からリリースされた資料によると主なポイントは6つです。注目度の高いものから紹介します。
①産後8週間以内に男性を対象とした「出生時育児休業(男性版産休)」を新設
6つの法改正のうち一番の本丸がこちらでしょう。女性の場合、先ほど紹介したとおり、産後8週間は育児休業とは別の枠組みである「産後休業」期間にあたります。産後8週間は、もっとも母体への負担が大きいことから、原則として就業させてはいけません。(産後、6週間を経過すれば、本人の希望・申請のもと就業させることも可)
この負担がかかる期間において、男性の育児サポートを促進しようという狙いで新設されたのが、今回の「出生時育児休業」です。女性の産休期間(産後8週間)と重なることから、「男性版産休」とも呼ばれています。追加施策なので、既存の育児休業やパパ休暇と併存します。
「男性版産休」のポイントは以下の通り。既存の育児休業と若干異なる点もあるため、注意が必要です。
男性版産休の条件
- 産後8週間以内に、最大4週間まで取得できる
- 産後8週間の中で、2分割取得が可能
- 休業の2週間前までに申し出ればOK(既存の育休は1カ月前に申し出が必要)
- (労使協定締結の場合は)休業中の一部就業も可能(重要会議出席などを想定)
現行の育児休業やパパ休暇と異なるポイントは、男性の育休取得率を上げるために、コンパクトな休暇期間(最大4週間)で、スピーディに取得(申請期間を2週間前までに短縮)できるようになったこと。有給休暇とまではいきませんが休みを取りやすい設計になっています。
現行の産休・育休制度を含めると、おおむね次のような流れになります。
(黄色いラインマーカー部分が今回の変更点)
②育休取得しやすい「雇用環境整備」と「個別周知・意向確認」の義務づけ
2つ目に関しては、企業に対する新たな義務づけとなります。
方向性として2つあります。1つは「育休のとりやすい雇用環境の整備」。女性の育休取得率は80%以上と高水準を維持していますが、男性の育休取得率は8%にも満たない低水準です。なので、男性の育休取得を促すような環境整備が求められています。具体的には、男性も育休がとりやすい風土醸成に向けて、研修を行ったり相談窓口を設けたりと、何らかの環境整備をするよう企業に義務づけられます。
2つ目は「個別周知・意向確認」です。これに関しては、妊娠・出産を申し出た労働者に対し、利用できる育休制度の概要を説明し、育休取得の意向(「育休を取得する考えかどうか」)を確認することが企業に義務づけられます。本人の妊娠・出産(女性からの申し出)に限らず、配偶者の妊娠・出産(男性からの申し出)に関しても適用されるので注意が必要です。なお個別に意向確認をする際、育休の取得を控えさせるような発言をすることはできません。
③「育休取得状況(男性育休取得率など)」の公表義務づけ ※1000人超の企業のみ対象
常時雇用の従業員数が「1000人を超える」企業のみを対象として、育休の取得状況を年に1回、公表することが新たに義務づけられます。公表内容は、男性の「育児休業等の取得率」、または「育児休業等と育児目的休暇の取得率」になる予定です。
なお、男性育休取得率を算出する一般的な計算式は、「(男性の)育児休業取得者数 ÷ 配偶者が出産した(男性の)社員数 ×100」。まだ厚生労働省から指針は出ていませんが、中途採用比率の公表と同様に、直近3カ年程度の取得率を、HPなどで公表することになるのではないでしょうか。
④「有期雇用者」の条件緩和(既存の変更)
本件は既存ルールの一部見直しとなります。有期雇用とは、契約社員やパートタイマー、アルバイトなどを指します。従来、有期雇用者が育休を取得するためには、「(A)1年以上継続して雇用された実績があること」「(B)1年6カ月先までの間に契約が満了しないこと」の2つの条件を満たす必要がありました。これに関して、(A)の勤務実績の条件は廃止し、(B)の勤務見込みの条件のみ残すことに変更されました。
つまり、勤務歴の短い入社したばかりの有期雇用者であっても、1年6ヶ月先も雇用契約を維持する見込みがあれば、育休取得の対象となります。ただし、雇用期間の実績が1年未満の場合、労使協定により除外することも可能とされています。
⑤育児休業の「2分割取得」を可能に(既存の変更)
本件についても、従来からある育児休業の一部変更です。これまで育休といえば、パパ休暇の2分割特例はあったものの、1回のみの継続取得が原則でした。しかし今回の法改正で、男女問わず「2回まで」分割で取得できることになりました。法律上は「原則1回」から「2回まで」に変わるだけですが、実運用を鑑みると少なからず影響をもたらしそうです。例えば、一度、育休から復職した人が、数カ月勤務後に再び育休に入るということが想定されます。
⑥育児休業給付に関する規定の整備
上記の改正をふまえて、雇用保険法における育児休業給付の見直しや、被保険者期間の計算の起算点に関する特例などが設けられる予定です。
※これらのほか、育児・介護休業法の改正ではありませんが、関連する健康保険法等の改正で、「育児休業中の社会保険料免除要件の見直し」があります。これについては、別の記事でご紹介します。
※【3】以外は、すべての企業が対象。
いつからスタート?
2022年4月スタート
②育休取得しやすい「雇用環境整備」と「個別周知・意向確認」の義務づけ
④「有期雇用者」の条件緩和
2022年10月スタート
①「出生時育児休業(男性版産休)」の新設
2023年4月スタート
③「育休取得状況(男性育休取得率など)」の公表義務づけ
未定
⑤育児休業の「2分割取得」を可能に
⑥育児休業給付に関する規定の整備
企業が準備しておくこと
6つの法改正に伴い、企業はどのような対応が増えるのでしょうか。どのような準備をしておくべきなのでしょうか。参考までに、想定される企業の対応を以下に列挙します。
男女問わず、子の出生予定報告〜育休取得までのフローをつくる
現状、女性の労働者については、つわりなど自身の体調の変化もあることから、妊娠判明から数カ月以内に上司に報告する流れになっています。一方で、男性の労働者については、早めに上司に報告するという文化はないことが多いため、新たなフローをつくり周知しておく必要があります。そうしなければ、今回義務化される「利用できる育休制度の個別周知」や「育休取得に関する意向確認」ができないからです。
参考までに、民間に先行して男性育休取得の促進に取り組む国家公務員のフローを紹介します。内閣官房のHPページによると、おおむね「出産の5~3ヶ月前」に、男女問わず子の出生予定報告を提出することになっているようです。また、「出産の3~2ヶ月前」に育休の取得予定計画を提出し、上司と面談・相談するフローになっています。これをベースに自社用にカスタマイズし、流れを検討しましょう。
個別周知・意向確認の担当者を決める
新たに義務化される、育休制度の個別周知と意向確認の担当者を決めておきましょう。直属の上司か人事担当などが妥当でしょう。人によって説明や確認の仕方がブレないよう、マニュアルなどにまとめておくとスムーズです。また、育休の取得を控えるような発言はNGなので、その点をしっかりと担当者に伝えておくようにしましょう。パタハラ事例集などを参考に、注意すべき発言や対応について共有するとよいかもしれません。
男性が育休取得しやすい環境整備に向けて、研修や相談窓口を準備する
「研修」を行うなら、誰向けにどんな内容の研修を、どのくらいの頻度で実施するのかを決めます。「相談窓口」をつくる場合は、どの部署に担ってもらうのかを決めます。相談窓口は、これだけのために新たに人員をあてることは難しいと思うので、すでに設置しているハラスメント窓口などに兼務してもらうとよいのではないでしょうか。これら以外にも、男性育休取得促進に向けた打ち手(独自の手当支給など)を検討します。
育休取得回数の増加、雇用保険・社会保険の要件改正にともなう、手続きの負担増に備えておく
(雇用保険関係)「出生児育児休業」「育休分割取得OK」「育休みなし期間の算定方法特例」/(社会保険関係)「育休社保免除要件の見直し」と手続きに関係する法改正ポイントが多いので、子育て世代が多い企業は、手続きの負担が増すことも見込まれます。それに備える対応策を検討しておいたほうがよいかもしれません。
就業規則や社内規程などを見直す
法改正が入ったことで、就業規則や社内規程に変更が発生するところもあるでしょう。顧問社労士などに相談し、変更箇所を洗い出して施行時までにバージョンアップした就業規則・社内規定を用意しておくことをオススメします。
男性の育休率の取得に向けた数字の準備(従業員1000人超の企業のみ)
男性の育休率を公表するためには、「(男性の)育児休業取得者数」と「配偶者が出産した(男性)社員数」を正確に把握する必要があります。数値取得のための準備を進めておきましょう。また、どこに公表するのか、どのタイミングで更新をするのか、誰が更新を担当するのかなどを決めておくとスムーズです。
さいごに
男性の育休取得率は直近の調査で「7.48%」。伸びてはいるものの、低空飛行を続けています。男女を比較した場合、女性が「83%」と高水準を維持しており、男女で1桁以上違う状況です。問題点として挙がっているのは、「休暇取得中の収入が下がることへの不安」や「パタハラとも呼ばれる職場内の嫌がらせ」、「男性の育休が当たり前ではない風土」などです。男性が抵抗なく育休を取得できるようになるまで、まだ長い年月を要しそうです。
政府が掲げている目標は「2025年に30%」。残すところわずか4年程度で、30%の高みを目指すことになりますが、本腰を入れるための施策が、今回の法改正だといえます。歯止めのかからない少子化への対策と、人材不足を背景とした女性の活躍推進――これらを前進させるためには、やはり「男性の育児サポート」が鍵となるのでしょう。
大学卒業後、人材サービス大手で約12年間勤務。主に企業の採用活動に携わる。採用という入口だけではなく、その後の働き方にも領域を広げたいとの思いで独立。現在、採用支援を手がける傍ら、働き方に関するコンテンツなども執筆しています。京都大学文学部卒業(社会学専攻)。2015年、社会保険労務士の資格取得。