2019年5月に、「パワハラ防止法(労働施策総合推進法)」が成立しました。職場内のパワハラを防止することが、企業にとって義務となります。最近、某芸能事務所の社長が、社員や所属タレントに対して高圧的な態度や暴言を吐いたことでバッシングを受けました。まさに、あのような態度・言動が今回のテーマでもあるパワハラに当たります。
本記事は、2020年6月施行「パワハラ防止法」の成立にあたり、そもそもの「パワハラ」の定義とは?新しい法規制によって何が変わるのか?万が一、法律に反してしまった場合のペナルティなどについて詳しく解説します。
「パワハラ防止法」成立の背景
新たに成立したパワハラ防止法。なぜ誕生したのでしょうか。背景には増え続ける「職場でのいじめ・嫌がらせ」があります。以下の図にある通り、都道府県労働局に寄せられる「いじめ・嫌がらせ」の相談件数は年々増加傾向にあり、低下する兆しが見えていません。
また、いじめ・嫌がらせ、あるいは暴行を受けたことで、精神障害(職場うつなど)を発症したと認定された件数も年々増加。ただでさえ人材不足が叫ばれる中、労働者に心のダメージを与えるパワハラは、かねてから大きな問題だと考えられてきました。今回の法改正は、こういった背景を踏まえての一歩前進となります。
「パワハラ」とは?定義を再確認
では、「パワハラ」とは具体的にどのような行為を指すのでしょうか。これまで明確に定義がされてきませんでしたが、パワハラ防止法において、以下の通り新たに定義づけがなされました。
【パワハラとは】
同じ職場で働く者に対して、「職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に」、「業務の適正な範囲を超えて」、「精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる行為」
以下で少し補足します。
上司・部下間でのハラスメントだけが対象ではない
一般的に、パワハラという言葉は、上司から部下へのいじめや嫌がらせを指す言葉として使われます。ただし、今回の法律では、上司から部下だけではなく、先輩から後輩、同僚間、あるいは部下から上司に対して行われるハラスメント(嫌がらせ)についても対象となります。職務上の地位に限らず、人間関係や専門知識、経験など、さまざまな優位性を背景にしている点に注意が必要です。
パワハラを代表する「6類型」
以下は、厚生労働省が中心となって作成した、パワハラの代表的な6つの例です。以下に該当するもの、あるいは近しいものがパワハラと認定されます。
- ① 【身体的攻撃】
殴る、蹴る、ものを投げつけるなどの暴力行為 - ② 【精神的攻撃】
恫喝する、チームメンバーの前で叱責する、長時間にわたり説教するなど、精神的に追い詰めるこ - ③ 【人間関係からの切り離し】
1人だけ会議に出席させない、自宅待機を命じられる、別席にされるなど、意図的に孤立化させること - ④ 【過大な要求】
新入社員にも関わらず、スキルを大きく超えた仕事を任せて、フォローをしないなど、明らかにキャパシティを超える業務を課すこと - ⑤ 【過小な要求】
経験豊富なベテランにも関わらず、雑務ばかりを任せるなど、意図的に軽い業務を与えること - ⑥ 【個の侵害】
プライベートに関して執拗に質問するなど、業務に不必要な個人情報を取得しようとすること
①②③⑥は分かりやすいですが、④⑤の線引きが難しいですね。
たとえば、優秀なインターン生に正社員並みの難しい仕事を任せると「過大な要求」になるのか。あるいは、逆のパターンで、今は子育てで忙しいので、アシスタント的な立場で頑張りたいというベテランのエンジニアに、補助的な仕事を任せると「過小な要求」になるのか。こういった疑問は続々と湧いてきそうですが、大切なのは仕事を任せるときの双方向での対話ではないでしょうか。形ばかりのコミュニケーションではなく、上司と部下が丁寧に対話を重ねて担当業務を決めれば、トラブルを回避できる可能性は上がるはずです。
ちなみに、以下が上記6分類を比率の高いものから順に並べたものです。「精神的な攻撃」がもっとも多いことが分かります。実際、「チームメンバーの前で見せしめのように叱責されている」という場面に遭遇したことがある人もいるのではないでしょうか。減ってきたとはいえ、依然として現存する職場の光景です。
「平均的な労働者の感じ方」を基準に、「労働者の主観」も配慮して判断
パワハラか否かの判断には、「平均的な労働者の感じ方」を基準にしつつ、「労働者の主観」にも配慮すると定められました。非常にグレーな表現ですが、法律では明確に定義はせず、ケースバイケースで判断するという意味で理解してよいと思います。
たとえば、AさんがB部長から「恫喝された」ケースで考えるなら、その恫喝が、周囲のチームメンバーから見ても明らかに「恫喝」で、恫喝された社員も心を痛めたのなら、明らかにパワーハラスメントに該当します。
しかし、たとえば周囲のメンバーには恫喝に見えたとしても、本人はまったく気にもしていないのなら、ハラスメントには該当しないこともあります。また、逆に恫喝された本人が非常に心を痛めたとしても、周囲のメンバーから見ると、あれは「お小言程度だよ」ということであれば、やはりハラスメントには該当しないこともあります。
ハラスメントを受けた本人の主観(感じ方)ももちろん配慮するが、だからといって公共性に欠く判断になっては冤罪が生まれてしまうし、必要な指導すら行えなくなってしまいます。それを防ぐために、「平均的な労働者の感じ方」を基準に、「労働者の主観」も考慮して、ハラスメントか否かの判断を下すということです。
「パワハラ防止法」の中身とは?
パワハラ防止法の成立により、企業にどんなことが義務化されるのでしょうか。より具体的な内容に関しては、今後、厚生労働省より指針が示される予定となっていますが、現状、法律の条文内で示された内容のポイントは以下です。
(1)パワハラの相談に応じ、適切に対応する体制を整備する
パワハラに関する相談窓口を社内、あるいは社外に設置して、悩みを抱える労働者が気軽に相談できる体制を整えることが義務化されます。また、相談があった場合は、同じようなパワハラが再発しないように何らかの対策を講じなければなりません。
(2)相談者に対して、不利益な取扱いは禁止
「不利益な取扱いの禁止」は労働関連諸法規には頻出する言い回しです。相談してきたことを理由に、「減給する」「自宅待機にする」「不本意な業務に異動させる」など、相談者にとって不利益となる対応をしてはならないということを意味します。
(3)ハラスメントを防ぐための研修の実施など、必要な配慮を行う
(1)(2)は、ハラスメントが起こってしまってからの対応策ですが、(3)については、そもそもハラスメントが発生してしまう前、予防策として社員教育を行うよう努力してくださいという内容です。座学研修でもいいですし、全員が一堂に会するのが難しければEラーニングなどでもよいでしょう。どのようなケースがパワハラにあたるのかを、しっかり社員に周知させる必要があります。
過去のパワハラに関する裁判と判決
以下は、過去実際にあった裁判とその判決です。職場でのハラスメントは、加害者と会社が連帯して責任を問われるケースが大半。「職場」で起こった以上、会社にも責任があるとし、多くの場合で、会社に対しても損害賠償請求がなされています。
事例(1)「先輩によるいじめと法的責任」
概要
A病院に勤務していた看護師Bは、先輩看護師Cより飲み会の参加強要や、個人的用務での使い走り、さらには「死ねよ」と告げられたり、「殺す」などといった暴言などのいじめを受け、自殺した。
判決
先輩看護師Cに、Bに対するいじめを認定。先輩看護師CにBの遺族に対する損害を賠償する不法行為責任、さらに勤務先であるA病院に対して、安全配慮義務の債務不履行責任を認めた。結果、先輩看護師Cに対して1000万円の損害賠償、A病院に対してCと連帯して500万円の損害賠償を行うよう判示した。
事例(2)「パワハラ放置に基づく会社の損害賠償責任」
概要
IT企業であるA社の契約社員Bが、C部長より会議での厳しく叱責、金銭を要求するような言動、退職勧奨などのパワハラを受け、3カ月の自宅療養を必要とする抑うつ状態、および身体化障害と診断された。
判決
C部長に対しては、民法709条による不法行為、A社に対しては民法715条による使用者責任が認められた。結果、C部長とA社に対して、連帯して55万円(慰謝料50万円+弁護士費用5万円)の損害を賠償するよう判示された。
事例(3)「内部告発を契機とした職場いじめと会社の法的責任」
概要
A社の闇カルテルを新聞や公正取引委員会に訴えた社員Bに対して、転勤や昇格停止、長期間にわたる個室への配席を行った。
判決
人事権は合理的な目的の範囲内で、法令や公序良俗に反しない程度で行使されるべきであり、これを逸脱する場合は違法であるとし、不法行為(民法709条)、および債務不履行(民法415条)に基づく損害賠償責任を認め、請求を一部容認。結果、A社に対して、慰謝料200万円、財産的損害約1047万円、弁護士費用110万円の損害を賠償するよう判示された。
そのほか、判例については以下も参照ください。
【あかるい職場応援団】「パワハラ基本情報」裁判例を見てみよう
パワハラ防止法に違反した場合の罰則は?
この法律に関しては、労基法などによく見られる「30万円以下の罰金」といった罰則規定は設けられていません。ただし、問題が見受けられる場合には行政指導が入ることと、是正勧告を受けたにも関わらず従わなかった場合は、社名が公表されるというペナルティが設けられました。
もう1点、行政(厚生労働大臣)は事業主に対して、パワハラに対する措置と実施状況について報告を求めることができるとされています。それに対して「報告をしない」あるいは「虚偽の報告をした」場合については、「20万円以下の過料」が科されるという罰則規定が設けられています。
パワハラ防止法、施行はいつから?
大企業は2020年4月、中小企業は2年後の2022年4月からとなる見込みです。大企業の場合は、早ければ来年の春にはスタートするので、急いで準備を進める必要があるでしょう。
大企業と中小企業の区別については以下の通りです。
大企業 or 中小企業 | |||
製造・建設・運輸・その他の業種 | 資本金(出資の総額) | 3億円 | 資本金・社員数について、 ●いずれか(or)が左記の数字「以下」だと中小企業 ●いずれも(and)が左記の数字「超」なら大企業 |
社員数(常時雇用) | 300人 | ||
卸業 | 資本金(出資の総額) | 1億円 | |
社員数(常時雇用) | 100人 | ||
サービス業 | 資本金(出資の総額) | 5,000万円 | |
社員数(常時雇用) | 100人 | ||
小売業 | 資本金(出資の総額) | 5,000万円 | |
社員数(常時雇用) | 50人 |
※続く「2本目の記事」では、パワハラ防止法施行に向けて、企業が対応すべきことについてご紹介します。
大学卒業後、人材サービス大手で約12年間勤務。主に企業の採用活動に携わる。採用という入口だけではなく、その後の働き方にも領域を広げたいとの思いで独立。現在、採用支援を手がける傍ら、働き方に関するコンテンツなども執筆しています。京都大学文学部卒業(社会学専攻)。2015年、社会保険労務士の資格取得。