令和8年2月に開催された第6回規制改革推進会議「働き方・人への投資ワーキング・グループ」では、労働基準法第15条「労働条件の明示方法」のデジタル化・柔軟化が主要テーマとして議論されました。
現在は、
- 原則:書面交付
- 例外:労働者が希望した場合のみ電子メール等で交付可能
というルールですが、この枠組みを見直すべきかどうかが焦点となっています。
本記事では、社労士事務所の職員・所長の皆様向けに、議論のポイントと実務への影響を整理します。
現行制度の課題と経団連からの見直し要望
現行ルールのポイント(労基法15条)
労働基準法第15条では、労働契約締結時に労働条件を明示する義務が定められています。賃金・労働時間などの重要事項は、書面での明示が原則とされています。
電子メールやクラウドシステムでの交付は可能ですが、労働者個人の「事前の希望(同意)」が必要という条件付きです。
経団連の問題提起
経団連は、この「事前に個別同意を取る」プロセスが企業実務上の負担(工数増)になっていると指摘し、次の見直しを要望しました。
| 見直し要望 | 内容 |
|---|---|
| 原則と例外の逆転(オプトアウト方式) |
という方式を認めるべき、という提案です。 |
| 労使協定による代替 | 労使協定を締結すれば、
運用を認めるべきとしています。 |
SmartHRが語る「現場の実態」
クラウド人事労務ソフトを提供するSmartHR社からは、現場の運用実態が報告されました。
実際の利用状況
- システム上で「電子通知」か「書面」かを選択可能
- ほとんどのユーザーが電子通知を希望
- 書面請求の実績はほぼない
電子交付のメリット
特に次の企業にとって効果が大きいと説明されています。
- 多店舗・多拠点展開企業
- 現場労働者が多く、PCを持たない職場
- 採用人数が多い企業
電子交付により、
- 郵送コスト削減
- 手続きの迅速化
- 管理コストの大幅削減
が実現できているとの報告がありました。
証拠力・改ざん防止への対応
技術面では、
- タイムスタンプ
- 二要素認証
- アクセスログ管理
などにより、書面の押印と同等以上の証拠力を担保できると説明されています。
厚生労働省の懸念点(現時点のスタンス)
これらの要望に対し、厚生労働省は慎重な姿勢を示しています。
① 本人への「確実な到達」の懸念
労基法15条の趣旨は、労働条件が不明確なことによる紛争を未然に防止することです。 そのため、
- スマホやネット環境は個人負担で整備するもの
- 全員が対応できるとは限らない
- 特に「就業前の内定者」は社内システムを使えない
という点が問題視されています。
例えば、
メール送信 → 返信がない → 同意とみなす
というオプトアウト方式は、「本人が気づいていない」可能性があるため慎重であるべきとの考えです。
② 労使協定の性質上の問題
労使協定案についても、
- まだ入社していない新入社員の権利義務
- 現在の従業員との協定で決める
という点が、従来の労基法上の労使協定の考え方と整合するのか、という問題提起がなされています。
ワーキング・グループの方向性
委員からは、スマホ保有率が8割を超える中、一部の少数者のために大多数が不便を被る規制はデジタル社会にそぐわないといった意見も出されました。
最終的に座長から厚労省に対し、以下が要請されました。
要請内容
- 企業ニーズ・労働者の意向・ネット環境について
実態調査を速やかに開始すること
- 労働者保護を図りつつ、
電子的明示がより利用しやすくなる条件を検討すること
- 結論が得られ次第、
所要の措置(制度緩和) を講じること
- 特定のシステム導入を必須にするなど、
企業負担が増加する設計にはしないこと
5. 社労士事務所としてのチェックポイント
現時点では、すぐに法改正が行われるわけではありません。しかし、今後の方向性として、「労働条件の電子的明示」の要件緩和に向かう可能性は十分にあります。
顧問先支援で意識すべきポイント
- 現行制度では「事前同意」が必要であることを再確認
- 電子交付フローの整備(希望確認・到達確認の仕組み)
- 採用手続きのデジタル化状況をヒアリング
- クラウド人事労務システムの活用状況を把握
- 将来的な制度緩和を見据えたペーパーレス提案
まとめ
今回の議論は、「労働者保護」 × 「デジタル社会への適応」のバランスをどう取るか、というテーマです。
社労士事務所としては、
- 現行法を確実に守りつつ
- 顧問先のDXニーズを把握し
- 制度緩和に備えた準備を進める
ことが重要です。今後、厚労省の実態調査や追加資料の公表があれば、ロウカレでも随時解説していきます。
